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極私的・偏愛映画論『ダージリン急行』選・文/中川正子(写真家) / June 20, 2017

This Month Theme旅に行きたくなる。

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ふたりの弟とカオティックなインドに行きたくなる。

 子供が生まれるまでにいろんなところを旅しておこうと思ったのに、インドには行けないままだった。他にも行けていない土地はたくさんあるけれど、バックパッカーの真似事をしていた私としては、インドは少し特別な“マストビジット”の土地。20代のうちにその洗礼を済ませておきたかったけど、仕方ない。いつか行きたい。せめて、と彼の地に関わるエッセイや映画を見ては、憧れを募らせています。で、『ダージリン急行』。ウェス・アンダーソン節が冴えわたる名作だと思います。何度も観ています。

 冒頭からこの映画は間違いないと思わせる、インドが舞台のカオティックなイントロ。そこから続くあらゆるシーンは、どのシーンを切り取っても、カメラアングルがいちいち、パーフェクト。オーウェン・ウィルソン、エイドリアン・ブロディ、ジェイソン・シュワルツマン。この三人の演じるキャラクターがあまりに秀逸すぎて、目が離せない。こんなに似ていない兄弟もいないだろうとか思いつつも、この三人じゃないと成立しない映画だったと、つくづく思う。彼らを囲む美しい色彩のインテリア、エキゾチックなひとびと。黒く濃い瞳と、額につけてくれる赤いしるし。乗車するとすぐでてくるスイートライムジュースは、なんて美味しそうなんだろう。

 彼らの珍道中すぎる“スピリチュアル・ジャーニー”に寄り添ううちに、自分も無性に旅に出たくなってくる。近場の旅じゃなくって、もっと遠くへ。圧倒的に異国である場所をトラブルまみれで旅するからこそ、むき出しになることって、ある。そういう旅って、楽しいだけじゃないけれど、終わったときに見える景色はきっと、素晴らしいだろう。私もふたりの弟とダージリン急行のコンパートメントで旅に出たくなってきた。あそこまで、クレイジーじゃないといいんだけれど。

illustration : Yu Nagaba
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写真を撮っている私はつい、動画もスチールの無数の連なりのように見てしまうところがあります。ウェス・アンダーソンの作品の世界の切り取り方は好きな部分がありすぎて、シーンが変わるたびにうっとりします。“イケメン・セクション”に関しては、観る方のお好みによって意見が分かれるところでしょう。個人的にはこの人と旅(または人生という名の旅)を共にしたいなぁと思う種類の人は外見内面いずれにしても一切出てきませんでしたが(笑)、それでも、なんとも、目を離せないこの人々。暫定的に「イケメン」とカテゴライズしましたが、人間的魅力という意味では5オーバーをつけたいところです。それにしても、スイートライムが美味しそうだった。
Title
『ダージリン急行』
THE DARJEELING LIMITED
Director
ウェス・アンダーソン
Screenwriter
ウェス・アンダーソン
ロマン・コッポラ
ジェイソン・シュワルツマン
Year
2007
Running Time
91分
『ダージリン急行』
ブルーレイ発売中
¥1,905+税
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
(C)2014 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

写真家 中川 正子

津田塾大学在学中にカリフォルニアに留学。写真と出合う。帰国後、山路和徳氏に師事。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々のスライス、美しいランドスケープを得意とし、定期的に行う写真展には、全国から多くの人が訪れる。雑誌、広告 、CDジャケット、書籍など多ジャンルで活躍している。2010年4月に男児を出産。2011年3月に東京から岡山に拠点を移す。出産と震災後の世界を描いた写真集『新世界』(PLANCTON)、『IMMIGRANTS』(OCTAVUS)、『ダレオド』(BOOK MARUTE/Pilgrim)、『ダレオド』(pilgrim)『Rippling』(WONDER FULL LIFE)、『An Ordinary Day』(倉敷帆布)、小説家・桜木紫乃との写真絵本『彼女たち』(KADOKAWA)など。2024年4月発売の最新刊は、自身初の本格エッセイ本『みずのした』(くも3)。

masakonakagawa.com

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